ベルギーほろ酔いぶらり旅

酒好きの女三人によるベルギーぶらり旅

田中小実昌や殿山泰司のような、自由気ままな旅。
武田百合子の『犬が星見た』のように天性にもつ、視点の純粋さを備えた旅に憧れる。
こんな女性になれたらと、深く深く思う。けれど、そう願っている時点で全く違うところに居るのだ。
田中小実昌のような人は酔いどれふらふらと言いながらも、やはり頭が良くて、そのときどき居心地の良い場所に移動し、書くために旅しているという雰囲気がある。

ベルギー旅行の目的の主はビールと、フォロン美術館を訪れることだ。

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旅の拠点はブリュッセル。ここから数日の間、毎日通る異国の道を歩きながら、電車やバス、トラムに乗って移動する。

マグリット美術館へ
ルネ・マグリットは11月21日生まれ。わたしも同じ。他にドクター・ジョンとビョークもいる。これは唯一の自慢だ。以前、自分と同じ誕生日の映画監督や、俳優のことを延々と自慢する老人と遭遇し、面倒に思ったことがあるが、わたしもあの時の老人と同じようなことを言っている。
マグリットが初期に描いた線画の挿絵は初めて見るものが多く、刺激を受ける。
王立美術館では、ブリューゲルの絵画の前に踏台を置いて陣取り、ものすごい勢いで模写する老女がいた。上手い。日本の美術館では見ない光景だ。

ベルギーでは昼も夜もテラス席で食事をし、お酒を飲んだ。わたしはトリプル カルメリートというビールが気に入った。もともとベルギーにおいて、ビールは食糧として重宝されていたそうだ。
ソーセージ、マッシュポテト、ラザニア、フリッツ。フリッツは大抵の料理についてくる。日本よりも平らでホクホクしている。どれもビールに合う。

東京で飲む時、友人二人のペースは早い。ところがベルギーに来てからというもの、一杯をものすごく大事に飲んでいる。「飲み放題三千円なんてのがあるけど、一杯を丁寧に飲むってのは最高に贅沢だね。」などと話しながら。
わたしも日本に居てへべれけになることは殆どないが、ここではたった一杯ですっかりいい気分になっている。
こうして、ほろ酔いで見知らぬ街を好きな友人とぶらつく。
東京では美味しいものを食べて飲んで、三人はいつも別の場所に戻る。それがベルギーに居る間は同じ場所に帰り、またホテルで晩酌して同じ部屋で三人眠る。

ブリュッセルのレストランでは、ヒュー・ジャックマン似の美男が給仕をしてくれた。ムール貝の上手な食べ方を教えてくれる。女性のような色っぽい手つき。だが、どんな動作もコミカルに見える。
ベルギーのウェイターは皆、各々好きなタイミングでタバコ休憩をしている。
ヒュー・ジャックマンに関しては恋人らしき若い男の子が遊びに来たりする。
友人はヒューのことを「落ち着きがないから情緒不安定だ」と言う。
そうして、ヒューが働いているレストランのある広場は、友人によって情緒広場と名付けられた。

初めてのヨーロッパ旅行でイタリアに行ったとき、カフェのテラス席でボブ・ディランにそっくりな男性を見つけた。向かいの席に座る1970年代のディランに似た、謎の男。その時2007年。国と同時に時代までトリップした気になった。ニューヨークに行けたのはそれから5年後。海外のテラス席に座ると、いつもそのときのことを思い出す。

短い時間でも、毎日通る道には知った顔ができる。情緒広場のヒューや、土産屋の店主。ショートヘアの似合う古着屋の女性。土産屋の店主は友人のことを気に入ったようだ。「帰る日にはうちに寄ってね」と言われている。ナンパと名付けられる。

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ブルージュへ
着いて早々、ワッフルと珈琲。
自然にも建物にも心底うっとりする。街にいる大半が観光客。ここに暮らす人の生活感が匂ってこないのが玉にきずだ。
その土地で変わらない日常を、何の気なしに過ごしている人の表情に、何とも言えぬ魅力を感じる。そんな瞬間を垣間みれたとき、異国にいるという昂揚感が湧き立つ。
ブリュッセルも週末になると、豪華絢爛な建築を背景に自撮りする観光客で溢れる。
またテラスで飲み、良い気分でぶらつく。
ブルージュはレース屋がいくつもある。レースというのは買いだすと止まらない。編み目が細かいほど美しい。
ふらふら歩いていると、古本屋を見つける。ここが宝の山。散々漁って、紙ものを沢山買う。店主のおじさんは、ピノキオに登場するゼペットじいさんに似ていた。

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フォロン美術館へ
11月1日がベルギーの祝日であるとは知らず、わたし達は気合いを入れて出発する。
しかしバスも電車も2時間に1本ほど。バス停に時刻表はない。
1時間以上待ってもバスが来ないから、諦めてタクシーに乗る。ところが、バスの運転手はフォロン美術館を知らなかった。途中何度も美術館に問合せ場所を確認しながら、山道をぐるぐる廻る。間違って謎めいた大邸宅や、山奥に隔離された精神病院らしき場所に行き着く。始めは苦笑いだったが、運転手は悪気なく迷い込んでいるようで、段々親近感か沸いてくる。しかし、わたしの車酔いのほうは限界に達してきているという頃、やっと美術館への道に辿り着く。
ふらふらになって踏みしめたフォロン美術館は、あまりにも素敵で涙が出る。
此処までの道のりが、フォロンの悪戯のように思えてくる。
わざわざ遠くまで出掛け、一人の作家の作品を見に行くということの重要さを実感する。
郊外に来ると、ほぼフランス語での会話だ。美術館員が何やら説明をしてくれたが、さっぱり分からない。
美術館や博物館に入ると、いつも誰か一人がはぐれ、見つからなくなる。そのままたいして気にせず、出口でまた再会する。
フォロン美術館には、手紙や切手をモチーフにした作品を集めた空間がある。わたしと友人は、大学を卒業してからずっと文通しているので、そこを二人で歩くのは、何だが嬉しく、照れくさい。
屋根裏のようなスペースでは、フォロンの映像が流れていたが、フランス語で英語字幕もついていない。映像にはウディ・アレンも登場していた。
屋根裏は窓からの光が橙色に眩しく、そこに立っていた少年が影になって、とても綺麗だ。はっとして、カメラを向けようと思うより前に、少年は軽やかに走り去ってしまった。
敷地内にある自然に囲まれた素晴らしいカフェは、現地の人達でいっぱい。お客さんの大半は犬連れ。(ベルギーで見かけた猫はたったの二匹)そこでは上品なマダムが席を作ってくれ、隣に座っていた陽気なマダムが気を遣って注文までとってくれた。ここはいわゆる観光地ではないため、アジア人旅行者は私達のみだった。
さて、帰りが問題である。バス停も駅もタクシーを捕まえる場所も発見できず、うろうろしていると、その日初めての日本人家族を見つけ、空かさず声をかける。道を尋ねるつもりが、近くの駅まで車を走らせてくださった。お子さん二人はベルギー生まれで、日本語も英語も堪能。日本から子供チャレンジを取り寄せて勉強しているという。
「子供を育てるにはベルギーはいい処ですよ。」とお父さん。
帰りは行きの10分の1ほどの時間で帰路に着いた。何から何までありがたい。
強い陽射しとお酒のせいか感覚がとろけて、ことあるごとに目頭が熱くなる。この日見た光景は、呆けても忘れたくない。

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アントワープへ
カフェテラスで、給仕をしてくれた黒人男性の美しさに見とれる。会計の際、静かに響く声の質。「いい声だね…」深く頷いて、友人と共に感心する。
アントワープ動物園へ
世界最古の動物園で、猿が沢山いると聞き期待して訪れた。だだっ広く、動物も日本より大きくて伸び伸びしているように見える。東京にいる動物はここに比べたら、狭い小屋に閉じこめられ窮屈だろうと思うが、東京でも小さなアパートの小さな部屋に当然の如く人間が暮らしているのだから、動物も慣れているのかもしれない。

印刷博物館へ
歩くたび床がきしきしと鳴る。アントワープの印刷博物館は、建物も所蔵品も素晴らしい。恩師である、装丁家の小泉弘さんにも見て欲しいと思いながら、本に囲まれた迷路のような博物館をぐるぐる巡る。
蚤の市へ
宝物のようなガラクタを売る蚤の市のおじさんたちは、皆いい顔をしている。蚤の市に来ると、目も頭も冴え渡り、楽しくてしょうがない気持ちになる。
高価な美品を扱うアンティーク市よりも、雑多な蚤の市のほうが好きだ。この小さな広場は、なぜか坂本九の『上を向いて歩こう』がラジオのような音でぼんやり流れていた。蚤の市のおじさん達に何となく似合う。
帰りに忘れないよう、チョコレートを買う。様々な種類がある。店の若い女性、一つずつ、丁寧にチョコレートを箱に詰める。どきっとする可愛さがある。

ベルギー最後の日はブリュッセルでのんびりする。情緒広場のヒューは、今日も落ち着きなくタバコをすっている。
帰り際、ナンパのいる土産屋に寄る。わたしも小便小僧のキーホルダーなんかもらえるかな、と内心期待して、金魚のフンで友人についていく。店主は待ってましたと、お気に入りの友人にだけプレゼントを渡した。もらえなかったわたしと友人は、顔を見合わせて笑った。

またベルギーに行けるようなことがあれば、途中下車してゲントに寄り、ミヒャエル・ボレマンスの絵を見たい。それからブルージュからボートに乗って、隣にあるダムという町に行く。そこは小さく静かな町で、沢山の古本屋があるという。そこで本や紙を買い込んでブルージュに戻り、買いそびれた手作りの鞄を買う。
予定通りにいかなくてもまた良し。

ベルギーは空気が湿っているのか、いつも沢山の飛行機雲を見た。なかなか消えず、澄んだ青にすっと白い線が映えて美しい。飛行機雲が多いと、次の日は天気が悪いと言うが、ベルギー滞在中は晴天が続いた。最終日、フランスの空港に向かう列車の外は豪雨で、夕刻なのに真夜中のよう。

日本へ帰る飛行機の中、『STAND BY ME  ドラえもん』を観る。泣く泣くしずかちゃんと別れようとするのび太くんが言う。「あの子がいるから僕は生きていけるんだ。」
小学生の男の子にそんなセリフを言わせるのか。起き抜けにビールを注文する友人二人を横目に、人知れず泣く。
それにしても、旅の時間は本当に一瞬で過ぎ去る。この長い移動時間を、どこでもドアでワープできたら。だが、そうなっては遠くまで行く特別な心持ちも半減してしまうか。

日本に着くと、足つぼのようなベルギーの石畳ではない、真っ平な地面。
暫くは、何となく寂しい気がする。

 


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