ロバート・クラムと私

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二十歳のときロバート・クラムを知ったのは、十四歳のとき初めてチャールズ・ブコウスキーの小説を読んだ日のように、私の人生における衝撃のひとつです。この二人の存在が、幼い私がぼんやり描いてきた自由の国アメリカのイメージを覆しました。

クラムの画集を見つけたのは上京したばかりの頃で、未知の音楽や映画や文学に出会うのが楽しくて仕方がない時期でした。当時渋谷のタワーレコードには、アメリカのアンダーグラウンド・コミックスを扱っている小さなコーナーがあったのです。予備校時代に映画『アメリカン・スプレンダー』を観ていたので、原作コミックの作画を手掛けていたロバート・クラムの名前は頭の片隅に残っていました。

最初に買った『THE R.CRUMB HANDBOOK』には、クラムが映画監督のテリー・ツワイゴフ等と組んでいたバンド「R,Crumd and his Cheap Suit Serenaders」などの楽曲が入ったコンピレーションCDが付いていました。一曲目の「Wisconsin Wiggles」を聴いた途端、なんて自由な音楽なんだ!と歓喜しました。ドラッグの経験は一度もありませんが、LSDってこんな感じなのかな?と馬鹿な想像を巡らせたことを覚えています。大学の授業では、この曲を元にアニメーションを作り、のちに一番夢中になった画集『R.Crumb’s HEROES OF BLUES, JAZZ & COUNTRY』をオマージュして、自分の好きなミュージシャンや作家のポートレイトを詰め込んだ本を作りました。

その過程で観た映画『クラム』は私にとって、芸術家の人生を記録したドキュメンタリーの最も重要な作品です。現在は廃盤ですが、十五年前はDVDもサウンドトラックも難なく手に入ったので、繰り返し観て聴くことができました。冒頭、クラムが長い足を抱えながらSPレコードに聴き入る姿は、私が初めてクラムの描くミュージシャンたちの絵を見たときに抱いた感情そのものでした。何度観ても胸がいっぱいになります。そして高校生の私が深い影響を受けた映画『ゴーストワールド』に登場するシーモアのモデルは、ロバート・クラムや監督のテリー・ツワイゴフ自身だったのだと気が付きました。

学生生活を思い返すと、自分の好きなことだけを探求する充実した日々だったとしみじみ思います。何かを表現する気持ちを分かち合い、経財的な支援をしてくれた母親に感謝。

ロバート・クラムは漫画家として知られる前に、アメリカの有名なカード会社でイラストレーターとして働いていました。私もそれに倣って、日本のグリーティングカード会社の就職試験を受けましたが、一次審査で落ちました。もし受かっていたら、今こうして『クラム』のリバイバル上映に関われることもなかったかもしれないから、これで万事問題ないのです。

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テリー・ツワイゴフ監督によるドキュメンタリー映画『クラム』は、2月18日より新宿シネマカリテほか全国順次公開です。
▶︎https://crumb2022.com
写真は大学生の時、クラムの描く音楽家の絵に影響を受けて作った本です。

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