映画を観ること 〜2017年上半期〜

tale1tale2tale3

カテゴリー: diary, movie | 映画を観ること 〜2017年上半期〜 はコメントを受け付けていません。

展覧会のお知らせ (Beatles展)

beat-dm
『ArtShow Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』(通称Beatles展)
に作品展示で参加いたします。

開催期間:2017年6月26日~9月20日(日曜定休)
※ただいま平日のランチ営業がお休みとなり、18時からのディナーのみとなっております。お気を付けください。

参加作家:Shinpei Asai /Dabstar /Asami Maruyama /Mamoru Ohtake/Naotaka defoe ntk Tateyama /Yushi Dangami /Satomi Matsumoto /Kohei Shioi /Amane Yamamoto /Keiko Nasu

開催場所:Coolie’s Creek
東京都港区白金1-2-6 (東京メトロ南北線・都営三田線 白金高輪駅 4番出口 より徒歩5分)
※会場はレストランとなります。お食事、お茶とご一緒に展覧会をお楽しみください。
レコードジャケットの展示もございます♬

▽詳細はこちらから▽
http://adan-radio.com/gallery/beatles/

カテゴリー: diary | 展覧会のお知らせ (Beatles展) はコメントを受け付けていません。

展覧会のお知らせ (VANITAS)

vani-dm

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

企画展『ヴァニタス』
————————-
期間:6月17日(土)〜6月25日(日)
※月曜休廊 時間:12時〜19時

出展者:黒坂麻衣 サイトウマスミ 中村幸子 山本アマネ

開催場所:ギャラリーボビン
(〒151−0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷4−17−2)

*DMのイラストレーションは中村幸子さん、デザインは私が担当しております
————————-

「ヴァニタス」とは

16世紀から17世紀にかけてヨーロッパなどで描かれた“人生の空しさの寓意”を表す静物画のジャンルのひとつです。
観るものに虚栄の儚さを喚起させる意図を持って、度々モチーフとして描かれたのは、人間の死の隠喩である頭蓋骨や時計、パイプ、ランプ、楽器、腐っていく果物などです。
15世紀頃から静物画というジャンルがヨーロッパで人気を博したことで、象徴されるモチーフも薔薇や水の入ったコップが描かれるようになり、道徳的な正当化が試みられるようになりました。

生の儚さや、快楽の空しさ、死の確実さを表すものとして考えたとき、世の世知辛さを十分に理解して生きる女性たちのことが思い浮かびました。彼女たちは、身近に居る人だったり、小説や映画に登場した魅力的な女性たちだったりします。それから、男女の関係や、私自身が固執し続けている大量の物たちについて考えました。今回の展示では、そんな女性たちや、男女の関係、物について考えながら切り貼りしたコラージュ作品を10点展示します。是非ご高覧ください!

 

カテゴリー: diary | 展覧会のお知らせ (VANITAS) はコメントを受け付けていません。

A Brighter Summer Day

『牯嶺街少年殺人事件』 監督:エドワード・ヤン
yang1yang2

カテゴリー: movie | A Brighter Summer Day はコメントを受け付けていません。

黄色い雨

IMG_4647

フリオ・リャマサーレス 『黄色い雨』

深い暗闇が延々と続くような物語なのに、空気は澄み切っている。
頭に浮かんでくる色は常に透明感をもって、幾重にも広がる鮮やかな色彩が、自然光や雨に透けて輝いている。
忘却がこんなに美しい情景ならば怖くないのに。と思いながら読み終わると、この小説が失われた人々に捧げる鎮魂歌であると解り、感動が一層深まった。

 

カテゴリー: book | 黄色い雨 はコメントを受け付けていません。

アウグスト・エッシェンブルク

IMG_4588

 

スティーヴン・ミルハウザー「アウグスト・エッシェンブルク」

前半の文章がとくに素晴らしくて、同じ頁を何度も読み重ねてしまう。

カテゴリー: book | アウグスト・エッシェンブルク はコメントを受け付けていません。

14歳の私に

albumtemp

 

C・ブコウスキー 「くそったれ!少年時代」

中学生のとき、ザ・ブルーハーツ時代のマーシーが書いた文章の中に、チャールズ・ブコウスキーという名前を見つけた。
妙に印象に残った。よし、読んでみよう。
その頃の私にとって近所で1番かっこ良かった本屋へ出かけ、いくつかあるタイトルの中から『くそったれ!少年時代』を選んだ。
衝撃だった。これまでに読んだことのない小説。
全く入り込めず、とにかく痛くて苦しい。
良い出来事なんてひとつも起きずに、人生は着々と悪化する。
同年代の男の子の心情がこんな風なのかと思うと、
不憫であると同時にとても恐ろしかった。
今考えれば、ブコウスキー少年のような男の子は、90年代の日本にそう居るもんじゃないと思う。
第一、クラスメイトの両親のうち大半が失業中だという状況もなかった。
それから数年後、ブコウスキーが書いた他の文章、とくに詩集は何度も読み返す本になったけれど、本書だけは最初のトラウマが忘れられず、長らく本棚の隅で所在なさげにしていた。
それが最近になって急に気になりだし、17年振りに読み返した。
14歳の私が恐れていた少年は、情け深い男だった。
それに、恐ろしいのはハンク少年ではなく大人たちである。あれほどの悪環境の中にあって、よくこんな優しさのある人間が育ったものだと思ってしまった。基本的には最低なのだが…。
寂しくて、最悪な事しか起きないと思っていたハンク少年の日常にも、ごく稀に煌めいた瞬間があった。
あの時、見て見ぬふりをしていた少年と何かが通い合えた数頁、ただただ愛しかった。
この自伝のすべてを、まるで自分自身の物語のように思える人をどこか羨ましく思う。

カテゴリー: book, diary | 14歳の私に はコメントを受け付けていません。

PULP

image1

 

 チャールズ・ブコウスキー 「パルプ」

——————————–
人はみな待って一生を過ごす。生きるために待ち、死ぬために待つ。トイレットペーパーを買うために並んで待つ。金をもらうために並んで待つ。結婚するために待ち、離婚するために待つ。雨が降るのを待ち雨が止むのを待つ。食べるために待ち、それからまた、食べるために待つ。

時代の要請なんてコロコロ変わるし。酷な話だ。
夜、自分のベッドで眠れるだけでも、世の力に対する貴重な勝利だ。

最高な時間は何もしてない時だって場合も多い。何もせずに、人生について考え、反芻する。たとえば、すべては無意味だと考えるとする。でもそう考えるなら、まったく無意味ではなくなる。なぜならこっちはすべての無意味さに気づいているわけで、無意味さに対するその自覚が、ほとんど意味のようなものを生み出すのだ。わかるかな?
要するに、楽観的な悲観主義。

本文引用「パルプ」訳・柴田元幸氏
——————————–

わたしたちは、いつだって何かを待っている。〝IN THE FUTURE〟
わたしのIN THE FUTUREは、いったいいつ訪れるんだ。
そんなとき、その場凌ぎで張りぼてのアメリカンドリームは要らない。
ブコウスキーの偽りない厭世観が、そのまま生活していく勇気に繋がることだってあるのだ。

カテゴリー: book | PULP はコメントを受け付けていません。

ポストカード販売のお知らせ

image1

 

西荻窪駅近くにあるお店、FALLにてポストカード7種お取り扱い頂いております*
作家ものの雑貨や音楽CD、週替わりの展示などもある素敵なお店です。
お近くにお出かけの際には、ぜひお立ち寄りくださいませ。
お店情報はこちらから⇒http://fall-gallery.com/

※高円寺・Amleteronでも引き続きポストカード10種お取り扱い頂いております*

カテゴリー: diary | ポストカード販売のお知らせ はコメントを受け付けていません。

J・フランクリン・ペインの小さな王国

image2

スティーヴン・ミルハウザー 「J・フランクリン・ペインの小さな王国」

どんな本にも其々に面白い所があると思う。
でもミルハウザーを読んでいる時に込み上げてくる特別な感情は、ミルハウザーでなければ得られない。
それは建設的な実生活には直接結びつかないけれど、何かを作りたい!という強い思いには、いつもいつも直結する。

 

 

カテゴリー: book | J・フランクリン・ペインの小さな王国 はコメントを受け付けていません。