眠そうな二人

10日間にわたる個展も無事終了。沢山の方のご来廊、応援、ありがとうございました!

2年ぶりの個展は両国。初めての下町での展示。お昼にはギャラリーのお母さんが
おにぎりを握ってくれて、近所の方が手作りパンを焼いてきてくださったり、
とても温かい時間を頂いた。

最終日、展示を見に来てくださったイラストレーターの酒井賢司さんと植草甚一さんの
話題になった。 学生時代、熱心に追いかけていた人だ。
現在ブログに書いている映画日記も植草さんの影響が大きい。
私には評論を書くような頭の明晰さはないし、作り手よりも偉そうな立場に立つことは
敬遠している。 ただ、植草さんの著書のような、モノとしての日記を自分でも残して
みたかったのだ。
その日、最後に駆けつけてくださった高橋キンタローさんのお誘いで、神田のTETOKA
へ向かった。 搬出帰りで、丁度良く作品集もかばんの中に入っていたので、お店の方
にも見て頂いた。そこでも植草さんの名前が出た。
偶然にも、すぐ隣に植草さんの甥っ子にあたる方が居合わせたからだ。
作品集には、植草さんのことを描いた絵も入っており作品を褒めてくださった。
何かを好きでいると、こうゆう面白い出逢いに遭遇することがある。

同じ日、ふいに展示に現れた謎の老人も面白かった。あとから聞いたらお医者様だったの
だが、私の絵を見て、「沢山の時代をくぐり抜けてきましたね。」とおっしゃった。
80歳を優に超えているだろう方からそう言われるのは不思議だ。
私自身が体験してきたことはほんの微々たる数に過ぎないが、今までに出逢った人達や、
本や映画、音楽のおかげで多くのことを垣間みてこれたように思う。

今回の個展の合間にトークイベントをしてくださった、トロンボーン奏者の河辺浩市さん
も87歳。私とはおよそ60歳の年齢差がある。

3年ほど前、初めて河辺さんのライヴに行った日、河辺さんがピアノの小林洋さんに
「洋ちゃん、いつものやって。」とリクエストした。
流れた曲は、ホーギー・ カーマイケルの『Two Sleepy People』
帰りに、大好きな曲であることを伝えると、河辺さんは、
「あの曲は一等好きなんだ。とくにファッツ・ウォーラーが歌うバージョンが
どうしようもなくいいんだ。」
その言葉にとても嬉しくなった。
「私もファッツ・ウォーラーが歌うこの曲が大好きです。」
河辺さんが私の顔と名前を覚えてくださったのは、その時の会話からのように思う。
だから、ファッツ・ウォーラーが歌うTwo Sleepy Peopleは私にとって、河辺さんとの
思い出の曲なのだ。

個展最終日の帰り道、河辺さんとの出逢いをくださった墨東キネマの滝口さんから
メールが届いた。
「河辺さんが亡くなりました。今朝、眠ったまま息を引き取ったそうです。」
つい4日ほど前に、「じゃあ、あまねちゃん、またネ」
といつもの笑顔をくださった河辺さんに もう会えないなんて、信じられなかった。
茫然としながら家に帰り、その夜は結局寝付くことができず朝になって、仕事に
行く準備をしていると、急に涙が出てきて止まらなくなった。

性格がら、半世紀以上も歳の離れた方と仲良くさせて頂く機会を沢山頂いてきた。
その中でも河辺さんとの出逢いは特別なものだ。
河辺さんのように年齢を重ねられたらと思う、目標の人でもあった。80歳を過ぎても、
シャンと背筋を伸ばしスタスタと歩き、決まりすぎないお洒落なスーツにスニーカー。
思い出話はしても、昔のほうが良かったとは決して言わない。
最後までトロンボーンを演奏し、作曲をし、噺家のように面白い話をしてくださった。
河辺さんが居ると、その場の空気がとてもやわらかく、温かくなった。

お通夜の日、初めてお会いした河辺さんの奥様は小柄でかわいらしく、とても素敵な方だった。
お若い時の写真も見せて頂いたが、当時の女優のように美しくて驚いた。
学生時代の河辺青年はある日、可憐な姉妹とすれ違った。そしてそのうちの一人の娘を
見て、一目で恋に落ちてしまった。
それからいくらも経たぬうち、戦争が起こり家も焼けてしまった。
けれど、河辺さんは言葉を交わしたこともないその娘のことが好きで好きで、
とうとう探し当て、盲目の恋を射止めたそうだ。
それから65年以上の間、共に暮らしてきたのだという。
そんな相手をふいに亡くしてしまった奥様は、ぽつりとおっしゃった。
「夢を見ているみたいで信じられない。でも、あの人、浮気はしなかったみたい。」

たった3年間の間の指で数えるほどしか、河辺さんと接することは出来なかったが、
私は河辺さんほどあらゆる面で筋が通っている人を他に知らない。
早いうちに自分のしたい事を理解し、行動し、その決意に最後まで責任を持っていた
のだと思う。いつものごとく、飄々とした顔をしながら。

河辺さんの文章に、私がジャズミュージシャンの絵を描いて本にする、という企画は
とうとう実現できなかったけれど、最後に個展で私の絵ひとつひとつに思い出や
コメントを残してくださったことをとても光栄に思う。
河辺さん、本当にありがとうございました。
kawabesan

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